発行 / 柏書房
2025年9月24日 第一刷発行
B6変 / 182頁
“だって、川柳に出会わなければわたしはとっくにこの世にいなかったのだから。”
東京のいわゆる「恵まれた」家庭に「女性として」生まれ、教育にたくさんのお金を費やされたのに、期待どおり「東大」に行けず、望まれた「バリキャリ」にもなれなかったわたし。人間関係もうまく築けず生活は破綻。ノンバイナリーかつアロマンティックだけど、そこに帰属意識も見出せない。心を殺して自罰的にしか生きてこられなかったわたしは、「私たちはモノじゃない、人間だ」「悪いのはあなたじゃない」というまっとうな言葉に、自分が救われることを許せなかった。
そんなわたしを助けてくれたのが、川柳だった。
“わたしの心には「自分が悪い」という考えが無限に湧き出る大きな穴が空いていて、これを直接手当てすることは難しい。一方、身体にはすぐに限界がくる。虚弱な身体を頼りなく思うこともあったけれど、身体は常に心の問題を「手当てができるかたち」にしようとがんばってくれていたのだ。/川柳も、わたしを「無限」や「永遠」の世界から救い出してくれた。「症状」と言うと語弊があるが、川柳も目に見えるし、有限だ。川柳はわたしが初めて手に入れた身体だった。”
川柳しながら経験する世界は、アナーキーで自由だ。本書は、自分には〈人間をうまくやれない〉と思わされてきた者たちに贈るエッセイ集であり、極私的な回復記でもある。
業界最注目の川柳人による、初のエッセイ集。
(版元のサイトより)
ねりちゃんと話していてもう一つわかったのは、自分がいかに「AIぶって」いたかということだった。期待されれば応えようとしてしまうし、相談を受ければ「最適解」を出そうとしてしまう。しかし、「自分の都合」を持っている人間は、こと「相手の都合」を聞くことにおいては、最終的にはAIに敵わないのだと思う。人間はもう、人間の役に立つ必要はないのだ。
——できのわるいロボット / p50より
「自分専用の呪文」を作ることは、あらかじめかけられた呪いを「解く」のではなく、「好きな呪いで上書きする」というアイデアである。
呪文に対抗できるのは「べつの呪文」だけだ。まぎれもなく、川柳も「べつの呪文」を作る術の一つである。
——べつの呪文 / p75より
ふと、踊りというものは、定型詩を書いている人間にしばしば差し向けられる「五七五、あるいは五七五七七という枷の中で詩を書くのは不自由ではないか」という問いへの答えになると思った。「定型は枷で、不自由だ」と言うとき、なぜか「言語じたいが枷で、不自由だ」ということが不問になっているような気がしてならない。定型詩人に「五七五で詩を書くのは不自由ではないですか」と聞く人も、ダンサーに「イカやタコのように腕が八本あるわけでもないのに、そんな身体で踊るのは不自由ではないですか」とは聞かないだろう。それと同じことである。日本語を与えられ、たまたま川柳という身体を選んだから、書くのだ。身体があるから踊るのだ。
——身体があるから踊るのだ / p142より
[目次]
まえがき
Ⅰ こころ
お題サイト哀歌
食卓の上の洗濯物
ワレワレハウチュウジンダ
代わりに忘れて
できのわるいロボット
Ⅱ ことば
ちっちゃいものクラブ
声をあてる
べつの呪文
いけフリ
アンコントロール
酢豚の目
川柳になりたい?
Ⅲ からだ
おしゃれ考
続・おしゃれ考
身体があるから踊るのだ
フェアリーゴッドマザー
手当てができる
モノがキラキラしてる
あとがき
引用文献・資料一覧