書肆侃侃房
2024年1月26日 第1刷発行
四六判 / 208頁
没後二〇年経ってサイードを読むということは、このような潜在的かつ長期間持続するものにも関心を寄せることだ。サイード自身、変わりゆく現実に積極的に関与しつつも、テクストの批評家として、人文学者として、より持続的なもの——あるいは持続する時間のなかでゆっくりと変容していくものの可能性——を捕捉しようともしていた。
——序章 批評家を批評する / p15より
国家権力や主流の言説に果敢に立ち向かう孤高の知識人。エドワード・サイードについて、わたしたちの多くは漠然とそんなイメージを抱いている。
——第三章 文化と社会 / p130より
わたしたちは日々、何かしら新しいものを追い求めて暮らしている。新しい思想や科学やテクノロジーは日夜生まれ続けている。二〇世紀のはじまりから現代にいたるまで、わたしたちは無数の新しいものを手に入れてきた。しかし、それらの発明品はたいてい、人間の歴史がある一方向へと走り続ける、そのスピードをますます加速させただけなのではないか。新奇性を称賛されるものが、人間の歴史に方向転換をうながすほど新しかったことはあっただろうか。
——終章 人文学に〈新しさ〉は可能か / p180より
サイードにとって、批評とは何だったのか?
文学や音楽のみならず歴史や現実の政治など、分野をこえて論じた批評家、エドワード・サイード。
ガザ危機が激化する今、パレスチナ問題についても果敢に発言した彼の思考の軌跡をたどりつつ、現代社会における批評の意義を問う。
エドワード・サイード没後20年の記念出版。
(帯文より)
[目次]
引用の註記について
序章 批評家を批評する
テクストは世界のなかにある
エドワード・サイードを語る
批評とは何か
批評家の残響を聴く
第一章 ある批評家の残響
声を装うテクスト
批評の限界?
コンラッドを聴く
近代の不協和音
友だちにはなれない
第二章 理論は旅をする
フレンチ・セオリー?
『はじまり』にフーコーもいた
オリエンタリズムの空間
廃墟の批評理論
第三章 文化と社会
批評家と共同体
旅するレイモンド・ウィリアムズ
意図をとりもどす
批評意識は理論に抗う
アカデミアからパレスチナへ
終章 人文学に〈新しさ〉は可能か
永遠に新しくあれ
言葉への愛
追記——希望は棄てない
謝辞