発行 / 筑摩書房
2025年6月10日 第一刷発行
A6判 / 320頁
自分の言葉で生きていく——
14歳から銀行で働き、焼けた東京で詩を書いた。日本を代表する詩人が己の人生とくらしを鮮やかにつづった自伝的傑作エッセイ集、復刊!
解説 牟田都子
(筑摩書房のサイトより)
「ずいぶん待ったなあ」
「なにを?」
「それがまだわからないの」
そんな自問自答。
個々には何を待ったかわかっていても、それらはすべて、待つということの部分にすぎなかったような気がする。時を待つことも。人を待つことも。
詩を書くことも、待つことのひとつではなかったかと思う。未熟だけれど、それさえ私が一人で書いたものはひとつも無いような気がする。いつも何かの訪れがあって、こちらに待つ用意があってできたものばかり。
からだがすっかり冷えきってしまうまで、真暗闇に街灯をともしたような星あかり。地球の片隅で自分の足もとをみつめながら、待つことを重ねている。その地番を私は知らない。
——待つ / p26より
ずいぶん生きてきた、と思いました。この先、ほんとうにひとりぼっちの老年が私をおとずれたとき、詩は私をなぐさめてくれるでしょうか? 冗談ではない、という、もうひとつの声が私をたたきます。そんな甘ったるいのが詩であるなら、お砂糖でもナメテオケ。
——花よ、空を突け / p116より
そう考えてくると、手による表現とは、とりもなおさず行為そのものとなる。私たちの目が見なれてしまった、人間のちいさい手のイメージを、ある時は一掃してすべてのものの「手による表現」をしかと見る目をやしなう必要があるかも知れない。
こぼれ落ちる露ほどの宝石を指にはめて、目を輝かせているひまに、ふたたび戦争に巻き込まれた、などということのないように。
——個人の手・公の手 / p290より
[目次]
待つ
Ⅰ
新巻/花嫁/宿借り/夜叉/朝のあかり/はまぐり/甘栗/美味/ラーメン/バナナ/お茶/うわさ/季節/シジミ/おそば/まじめな魚
Ⅱ
夏の日暮れに/試験管に入れて/鍵/ユーモアの鎖国/炎える母の季節/お酒かかえて/お礼/日記/春の日に/けちん坊/絵の中の繭/花よ、空を突け
Ⅲ
事務員として働きつづけて/五円が鳴いた/花とお金/目下工事中/よい顔と幸福/事務服/晴着/領分のない人たち/生活の中の詩
Ⅳ
詩を書くことと、生きること/女湯/立場のある詩/事実とふれ合ったとき/持続と詩/表札のうしろ/第一行はとび出してきます/あとがきのこと/清岡卓行『四季のスケッチ』感想/生活詩/出来ること出来ないこと/風信
Ⅴ
食扶持のこと/眠っているのは私たち/買えなかったもの/私の新しい空/仕事/個人の手・公の手/生活と詩/犯された空の下で
文庫版あとがき
解説 牟田都子