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私の孤独な日曜日

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編集 / 月と文社 発行 / 月と文社 2025年5月16日 第1刷発行 B6変 / 182頁 映えないからこそ、愛おしい 自分を見つめる17人の休日ひとり時間の過ごし方 日曜日、寝て起きたらどんよりとした一週間が始まってしまう。それを日曜日という最後の砦で押さえておくために、私は夜更かしをする。 今までやらなかった部屋の片付けを始める。お気に入りのヘッドホンで好きな歌を聴きながら、溜まっているお皿を洗う。心地のいい音楽に囲まれながら手を動かしていて、むつかしいことを考えられる人間などいない。(同じような理由で、私は散歩も大好きだ) ——真夜中宇宙航海日誌 / p30より 俺にとっての休日とは、重ね着しすぎた嘘の衣を脱ぎ捨てて、何者でもない自分になれる日。全てを逃避してただ一人塞ぎ込む日。back numberの『日曜日』のような教科書に載っている幸せや、『花束みたいな恋をした』のようにガスタンクの写真を撮りにいくような嗜好性はない。 一人でいることが寂しいと思わない。常に誰かと一緒にいて明るく振る舞い続けるよりは、虚無とか憂いと対峙している方が楽だ。忌むべき感情かもしれないけれど、この陰鬱な感情を誤魔化したくない。だから、休日にはこの冷たい感情に共鳴してくれるような暗い曲に浸る。ドビュッシーやラヴェルのピアノを垂れ流しながら、重力にただ身を任せて沈んでいたい。ファンファーレは毒だ。 ——脱衣 / p44より ひとりの人間のなかには、「見せる自分」と「見せない自分」がいる。これは普遍的なテーマで、ああその話ね、と既視感をおぼえる人も多いかもしれない。偽りの自分と本当の自分、外向けの自分と内向けの自分といった言い方をされることもある。 それに関連して、「見せる文章」と「見せない文章」があるという仮説を立ててみる。私の感覚としては、文字にして吐き出される文章はほぼすべて「見せる」あるいは「見られる」ことを前提に書かれていると思う。誰にも見せないつもりで書いたとしても、文字にした時点で、何かの拍子に誰かに見られる可能性はゼロではないからだ。 ——その舞台裏が愛おしい / p175より [目次] はじめに 休日のショッピングモールのことは大好きだけどたぶん僕とは相性が悪い(上ネズミ) 渡り廊下(小黒悠) 真夜中宇宙航海日誌(みすみ) 脱衣(shun) 何もしない。それもいい。(西谷恭兵) バーで孤独と乾杯したい(三毛田) 中規模イオンで妄想する未来(澁谷玲子) 僕と他人事と気分転換(中野) 丁寧な暮らしはサザエさん症候群を打破できるのか (のろのろな野呂) 布団のなかにいる(勝本育実) 二十五時の国(青野朝) 人が嫌いなわけではなくて(タムラ) 出不精の言い訳(きのこやろう) 社会から切り離された、いくつもの休日(鈴木豊史) さてどうしたものか…。(宇佐見明日香) 日曜日の内野指定席B(伊野尾宏之) その舞台裏が愛おしい(藤川明日香)

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