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熊になったわたし / ナスタ―シャ・マルタン

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訳者 / 高野優 発行 / 紀伊國屋書店 2025年8月5日 第一刷発行 四六判 / 208頁 熊に顔をかじられ九死に一生を得た人類学者の 変容と再生の軌跡を追ったノンフィクション カムチャツカで先住民族を研究する29歳のフランスの女性人類学者が、ある日、山中で熊に襲われて大けがを負う。その日を境に西洋とシベリアの世界観、人間と獣の世界の境界が崩壊し……スパイの疑いをかけられてロシア秘密警察の聴取を受け、たび重なる手術と事件のフラッシュバックに苦しみながらも、身体と心の傷を癒し、熊と出会った意味を人類学者として考えるために、再びカムチャツカの火山のふもとの森に戻ってゆく。 「熊は君を殺したかったわけじゃない。印を付けたかったんだよ。今、君はミエトゥカ、二つの世界の間で生きる者になった」(本書より) *ミエトゥカ:エヴェンの言葉で「熊に印をつけられた者」。熊と出会って生き延びた者は、半分人間で半分熊であると考えられている。 (紀伊國屋書店のサイトより) 熊が去ってからずいぶん時間がたっていたが、その場で霧が晴れるのを待ちつづけていた。周りの草原が赤い。私の両手も赤い。顔は熊に引き裂かれて腫れあがり、もはや以前と同じではなくなっている。神話の時代のように、あたりは混沌が支配していた。その中で、私は体液と血にまみれ、顔に裂け目をつくって、人間としての形が不確かな、あやふやなものになっている。これは〈誕生〉なのだろう。なぜなら、明らかに〈死〉とはちがうのだから。周りには乾いた血で固まった茶色い毛の束が散乱していた。先ほどの熊との戦いの名残だ。 ——秋 / p13より だから、愛しいママ。ママのお友だちが何と言おうと、私は行くの。熊との間に境界線を引くことができなかったせいで、熊に嚙まれて、体を引き裂かれたわけではないの。私と熊の間にあるのは、境界線でも熊に投影した暴力でもない。もっと別の何かがあるのよ。だから、私は行くの。そのことをママにわかってもらうために、今回は行かなければならないの。 ——冬 / p114より 「どうやればいいのか知らないのよ。私にはわからないの」 「自分のしようとしていることなのに? 私なら知っている。自分のしようとしていることをどうやるか。ねえ、聞いてる?」 「聞いてる」 (…) 「去ってしまうのは、悲しい?」私は訊ねた。 「いいえ。その理由はあなたにもわかるでしょう? ここで生きるのは、〈帰りを待つ〉ことなの。花が咲いたり、渡り鳥がやってきたり、大切な存在が訪れるのを待つことなの。そして、あなたもそのひとりなのよ。私はあなたを待っているわ」 ——春 / p195より [目次] 関連地図 主な登場人物 秋 冬 春 夏 解説(大石侑香)

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