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発行 / 亜紀書房
2022年6月5日 初版第1刷発行
四六判 / 216頁
《コミュニケーションで悩む人たちへ》
コミュニケーションや感情表現が上手できないと悩んだ著者はやがて、当たり障りなく人とやり取りする技術を身につけていく。
だが、難なく意思疎通ができることは、本当に良いこと、正しいことなのか。なめらかにしゃべれてしまうことの方が、奇妙なのではないか。
「言語とは何なのか」「自分を言葉で表現するとは、どういうことなのか」の深層に迫る、自身の体験を踏まえた「当事者研究」。
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自分だけのものであるはずの感情を、多くの人に共通する「言葉で表す」ことなど、どうしてできるのだろうか。
そして、人に「伝える」とはどういうことなのか——。
言葉、存在、コミュニケーションをめぐる思考の旅が始まる。
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(亜紀書房のサイトより)
言葉はいつも空中で四散するものだった。そのため人が言葉を交わし合っている様はマジックに思えた。意志の疎通というのは、自分にはあり得るとも思えない現象だった。自分が取り残されている感覚はあったと思うし、それを寂しいと感じていたのかもしれない。だけど、そんな感覚や感情も味わうべきものではなかった。自分にとってはよそよそしいものでしかなかったからだ。
——1章 それぞれのタイムラインを生きるしかない / p20より
生産性を問う言葉に対して、人は生きているだけ、存在しているだけで何もしなくてもいいという言葉が用意されている。確かにそうかもしれないが、有用な働きがないと生きている価値がないという言葉の強さの前に押し込まれがちだ。
僕はどのようにして優性思想を身につけたのかを省みた。そして思うのは、生きているだけで誰しも「はたらいている」のではないか。「はたらき」を「働き」と国字に転換してしまうから、はたらくことをすぐさま労働に結びつけてしまう。はたらくには「止まっていたものが動く」という意味があり、そこから転じて「はたらき」は体を動かすことを意味するようになった。言葉が示している通り、何もしなくても誰もが既にはたらいている。
だから存在しているだけで意味がある。いや意味なんてなくて、ただ存在だけがあるのだ。
——3章 社会なしに生きられないが、社会だけでは生きるに値しない / p120より
でも「決して早わかりしてはいけない」という声がいつも聞こえてきた。僕は、耳を傾けるにはあまりに心もとない声を頼りに生きてきたように思う。それを本能や良知と呼んでもいいし、あるいは幻聴と名付けてもかまわない。ともかく世間に合わせず、自分の歩みの早さを変えなかった。そのことで困りごとは解決したわけではない。むしろ困りごととしっかり手を携えて生きてきた。おかげで不安や恐怖、痛みを味わう機会はそれなりにあった。
いまにしてわかるのは、それらは嫌悪して避けるものではない。むしろ感じている状態を大切にした方がいいということだ。
——あとがき / p214より
[目次]
はじめに
1章 それぞれのタイムラインを生きるしかない
2章 胚胎期間という冗長な生き延び方
3章 社会なしに生きられないが、社会だけでは生きるに値しない
4章 自律と自立を手にするための学習
5章 絶望を冗長化させる
あとがき