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身体の美学入門 / 伊藤亜紗

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発行 / 中央公論新社 2026年6月25日 発行 新書判 / 224頁 「目の綺麗な人だな」「ずんぐりむっくりだ」。 私たちは日々、人の顔かたちや服装、ふるまいや体型を前に、自他の違いを感じる。なぜ人は他者の身体を美しい/醜いと思うのか? 美醜を感じる正体とは? 感性のはたらきを知ることは、人間の本質を見ることである。本書は、身体をめぐる感性の歴史を一望して掘り下げる。 気まぐれでやっかい、曖昧な私たちを愛するために。未完成な人間の未来を照らす、新しい美学入門。 (中央公論新社のサイトより) 頭では自分はリベラルだと思っている人が、黒人男性とすれ違う瞬間に警戒して身を硬くする、というようなことが報告されています。しかし他方で、最初は醜い、不格好だと感じていたある人の動きが、ふとしたきっかけでとてつもなく魅力的なものに変わる、ということが起こるのも事実です。 「〇〇すべき」の枠に収まらない感性の奔放さは、「やっかい」でもあり、同時に「解放」をもたらす可能性があります。 本書の目的は、そんな「やっかい」でありながら「解放」の可能性も秘めた感性という視点から人間を捉えなおすこと、そしてそのような人間観から社会を捉えなおすことにあります。つまり、感性の働き方の分析を通じて、そこに「違いを扱うヒント」をさぐることを目指します。 ——はじめに / p.ⅹより 生活の中で、私たちは身体を通して他者と出会い、その身体について、ほとんど無意識的にさまざまな判断をしています。その逆もしかりです。私の身体もまた、絶えず他者によって判断されています。身体を通じて、他者は私と出会うことになります。 確かに、近年ではメールやSNSなど身体を介さない出会いも一般的になっています。しかし、コンビニのレジでのやりとりや、電車内で誰かのとなりに座ることも、一期一会の他者とのやりとりだと考えるとどうでしょうか。自宅から一歩外に出たとたん、あるいはひとこと言葉を発したとたん、私たちは「身体」として存在することになる。身体から完全に自由に存在することは不可能です。 ——第2章 感性、このやっかいであなどれないもの / p41より つまり、山が崇高な対象として「知覚」されるようになったとき、それは、街から遠くに見える山並みを眺める、というような視覚中心の安全な「知覚」ではありませんでした。むしろ「一歩間違えば滑落するかもしれない」というような恐怖や、「夜を越せるだろうか」と不安を覚える身に迫るような寒さとして「知覚」されていたのです。 ——第5章 逸脱する感性 / p159より [目次] はじめに 第1章 美学、「私の中の他者」との出会い 第2章 感性、このやっかいであなどれないもの 第3章 醜による他者化 第4章 美による差別化 第5章 逸脱する感性 第6章 エロスから愛への進化 おわりに 図版出典 参考文献

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