小磯洋光 / 訳
書肆侃侃房
2022年9月14日 第1刷発行
四六判 / 256頁
体をまっすぐにして、外側と内側の違いについて
考えた。
内側は僕のものだ、と彼は思った。(中略)
その日は彼が
自伝を始めた日でもある。その中に記していったのは、内側のあらゆるもの
とくに自分の武勇伝と
社会を絶望に陥れる若き死。外側のあらゆるものは
冷静に省いた。
——赤の自伝 / p.49より
ゲリュオンは母親とふたりで夕食を食べた。
夜が上陸するとふたりでニコニコした。家のすべての明かりをつけた。
使っていない部屋のもだ。
ゲリュオンの母は、缶詰の桃や浸しやすいように細長く切ったトーストなどの
ふたりの好物を用意した。
バターをたっぷり塗ったトーストに、若干油膜の浮いた桃のジュース。
——赤の自伝 / p.57より
ベルベットの匂いのような黒くて重い何かが
ふたりのあいだに落っこちた。
ヘラクレスはエンジンをかけ、彼らは夜の背中に飛び乗った。
触れるのではなく
驚きによって共にいた。ふたつの傷が同じ肉体に並ぶように。
——赤の自伝 / p.75より
翼をもつ赤い怪物ゲリュオンが、英雄ヘラクレスに殺される「ゲリュオン譚」。
古代ギリシアの詩人ステシコロスの描く抒情詩を、現代のロマンスへと翻案したものがたりです。
詩と小説を融合したような実験的な文体が、枠にはまらない遊びごころをもって、自由に、どこまでも広がってゆきます。ずっとなでていたいような、うつくしい文章に描きだされる、ゲリュオンの純粋さは、まばゆいばかりです。
そのまっすぐな眼差しをとおして見る世界は、うつくしさのなかに、不穏なものや、どうしようもない痛みを内包しています。
ゲリュオンの目をとおして目撃する、かけがえのない幸福と、喪失、損なわれてゆくもの。
「赤の自伝」に連なる章では、ゲリュオン譚を記した詩人ステシコロスについての学術的な思索もなされています。
文章に飲みこまれてみたいひと、ひとに優しくなりたいひとに、手にとってほしい一冊です。
目次
赤い肉、ステシコロスは何が違うのか?
赤い肉、ステシコロスの断片
補遺A
補遺B
補遺C
赤の自伝
インタビュー
訳者あとがき