{{detailCtrl.mainImageIndex + 1}}/2

利他・ケア・傷の倫理学——「私」を生き直すための哲学 / 近内悠太

残り1点

1,980円

送料についてはこちら

晶文社 2024年3月30日 初版 四六判 / 304頁 なぜ僕らはこれほどまでに生きづらいのだろうか? ひとは日々、人間関係に悩み、自身の健康を気に病み、将来に対する漠然とした不安を抱え、過去の恋愛や性に関する傷を抱えています。(中略) なぜ、人類はこれほどまでに生存に関する問題を抱えているのでしょうか?あらゆる生物は環境に「適応」し、進化してきたといいます。現代を生きる僕らは、かつての過酷な環境においても淘汰されず、生き延びてきたサピエンスたちの末裔のはずです。 ——第1章 多様性の時代におけるケアの必然性 / p22より ケアとは、他者に導かれて、その他者の大切にしているものを共に大切にする営為全体のことである、と。 ——第3章 不合理であるからこそ信じる / p99より 社会的あるいは国際的な支援や援助が、こちら側の理念の押し付けにならないためには、その他者(たち)の「大切にしているもの」を把握することが必要です。そして、その大切にしているものは、僕らのそれとは異なっている。文化や歴史が違う、というのはそういうことです。 ——あとがき / p294より 「僕たちは、ケア抜きには生きていけなくなった種である」 多様性の時代となり、大切にしているものが一人ひとりズレる社会で、善意を空転させることもなく、人を傷つけることもなく、生きていくにはどうしたらよいのか? 進化生物学、ウィトゲンシュタインの「言語ゲーム」、スラヴォイ・ジジェクの哲学、宇沢弘文の社会的費用論、さらには遠藤周作、深沢七郎、サン=テグジュペリ、村上春樹などの文学作品をもとに考察する、書きおろしケア論。『楢山節考』はセルフケアの物語だった! 人と出会い直し、つながりを結び直すために。 「大切にしているもの」をめぐる哲学的考察。 (晶文社のサイトより) [目次] まえがき——独りよがりな善意の空回りという問題 第1章 多様性の時代におけるケアの必然性 第2章 利他とケア 第3章 不合理であるからこそ信じる 第4章 心は隠されている? 第5章 大切なものは「箱の中」には入っていない 第6章 言語ゲームと「だったことになる」という形式 第7章 利他とは、相手を変えようとするのではなく、  自分が変わること 第8章 有機体と、傷という運命 終章 新しい劇の始まりを待つ、祈る あとがき 参考文献

セール中のアイテム