発行 / 岩波書店
1999年9月20日 第1刷発行
新書判 / 266頁
専門性を持った科学者が、狭いアカデミズムの枠を超え、市民の立場で行動することは可能なのか。長年にわたって核問題に取り組み、反原発運動に大きな影響を与えてきた著者が、自分史を振り返りつつ、自立した科学者として生きることの意味を問い、希望の科学としての「市民の科学」のあり方を探る。
(カバーそでの紹介文より)
室生犀星の詩への好みなどにみられるように少年らしい叙情性ないしロマンチシズムへの傾斜が一時期顕著だったが、その一方で私には何かしら、単なる情感やイデオロギーを超えた確かなるものを求めたいという欲求が強かった。これは、既述のように私の原体験から来るものだが、成長とともに反復して原体験の意味づけを深めようとするにつけ、イデオロギー的なものよりも、事実や科学的法則性として確実に感得できるものを好む傾向が強くなった。と同時に、自立志向が強かったので、とにかく論理的に自分の頭で筋道を追うことができるような学科を好んだ。
——第2章 科学を志す / p44より
頭の中で可能性として考えていたことと、実際に炉心が崩壊し、大量の放射能放出が起こるような破局を体験することとは、まったく違う。私自身、身震いするような怖さを感じるとともに、自分の営みについての考えに変化が生じてきた。
それまでは、自分の子どものときからの経験と反省を踏まえ、自分の前につきつけられた問題から逃げないこと、いかなる組織や権威に対しても独立を保ち、すべての問題に知的誠実さをもって対処すること、という、「自立的個人」という観点から生き、行動してきた。自分にとって原子力資料情報室も、あくまでそのような個の倫理観の延長上にあった。
——第6章 原子力資料情報室 / p154より
[目次]
序章 激変のなかで
第1章 敗戦と空っ風
第2章 科学を志す
第3章 原子炉の傍で
第4章 海に、そして山に
第5章 三里塚と宮澤賢治
第6章 原子力資料情報室
第7章 専門家と市民のはざまで
第8章 わが人生にとっての反原発
終章 希望をつなぐ
あとがき