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発行 / 講談社
2025年2月12日 第1刷発行
四六判 / 256頁
この世界が、あなたにとって、ちょっとでも生きやすくなりますように。自分自身を優しくいたわる「ヒント」がつまったエッセイ集。
大江健三郎、ハン・ガン、津村記久子、文月悠光、『ブルーロック』、『君と宇宙を歩くために』……文学研究者が出会った、人生に寄り添ってくれる「言葉」と「物語」。
「養生という言葉を私は自分自身の生を養うさまざまな物語とつなげて考えてきた。ちょこんと横に置いて、ヒントとなる物語。自分の感情を教えてくれたり、生きる力をくれるような表現。それらを養生する言葉として捉えてきた。養生する言葉は、生きるための知恵であり、私よりも先に生きてきた人たち、同時代に生きている人たちが重ねてきた、輝くような実践の集積である。」
(講談社のサイトより)
死なないようにしたいという思いから、生きづらさのなかで見つけた、生を養う言葉は、自分をいたわり、生きていてもいいと背中を支えてくれる。そして、私は、明日も生きて、自分以外の誰かがこんな思いをしない世界になるようにしたいと願う。私がほしいのはそんな養生する言葉だ。お守りのようにして懐に入れておくだけでも、人生はずいぶん違う。ささやかだけれど、ささやかだからこそ、光る言葉がこの世にはある。
——1 「私」の物語を探しに / p22より
養生と聞けば、まず、ケア(care)のイメージが思い浮かぶだろう。手当てをすること、世話をすること、注意を傾けることなど、ケアという言葉は、いずれも、養生の重要な側面をあらわしている。キュア(cure)という言葉もやはり近いように思う。病いや傷を治療すること、治すこと。養生には休むことも含まれるだろう。バランスをとること、いたわること、避けること、逃げること、助けを求めることなど、養生という言葉は幾重にも膨らんでゆく。
私は、そのなかに、不当な暴力に抵抗すること、不服従であること、連帯すること、平和を求めることを置いてみたい。養生とは生を養うことである。生が失われないようにすることである。それは自分の生についてだけあてはまるのではない。誰であっても、その生が失われては哀しいということ、その生を尊重するということがいえなければ、養生する言葉は成り立たない。だから、私の養生のイメージは生を破壊するものに抗うこととつながっている。
——8 養生はいつも社会的なもの / p127より
特別な誰かの特別な物語にしがちなとき、私自身、言い聞かせる言葉だ。私は永続性がある特別な物語が好きなので、なんでもない自分を受け入れることが下手だ。えらくなく、とくべつでもなく、へいぼんで、にこにこして、さんぽして帰ってくるような一日のイメージが怖い。死ぬほど頑張ったり、見捨てられないために自分のすべてを投げ打たないといけないと感じてしまう。
でも、これまでに出会った言葉や『その後の不自由』に登場する物語は、何でもない今日や自分の人生を生きていてもよかったんだという感覚をつかむヒントになる。永遠の回復、完璧な回復を目指してしまいがちだが、自分にできることをいいかげんにとどめてすることができるようになってくる。
——11 変わってゆく私を受けとめる / p192より
[目次]
はじめに
1 「私」の物語を探しに
2 トラウマとともに生きるということ
3 傷について語る言葉
4 人生の手引き書をつくる
5 あきらめという鎖をほどく方法
6 助けを求められる社会のために
7 自分を笑わない誰かと生きる
8 養生はいつも社会的なもの
9 災害と養生について
10 あなたの話が聴けたらうれしいです
11 変わってゆく私を受けとめる
12 アンラーンの練習
13 看護について学ぶ
14 他者の世界を聴く
おわりに