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発行 / 講談社
2024年10月8日 第1刷発行
四六判 / 160頁
「言葉とコミュニケーション」は、哲学の問いであり、
「私」の問いである。
美味しさを伝えるには、「言葉が奪われる」とき、言い換えの力、ジェンダーを表す単数のthey…。日常の問いを哲学につなげ、柔らかな言葉で新たな可能性を探る。「紀伊國屋じんぶん大賞2023」第2位に輝いた『言葉の展望台』、『言葉の風景、哲学のレンズ』に続くエッセイ集。
(講談社のサイトより)
例えば、私はムンクの『マドンナ』が美しいと思っている。この「美しいと思っている」というのが趣味判断なのだが、私が「『マドンナ』は美しい」という判断をしたのは、『マドンナ』を見て私が「いいなあ」と感じたからであって、その意味でこれはあくまで私の主観的な感情に基づく判断だ。
けれど、「『マドンナ』は美しい」という判断は、単に「私は『マドンナ』を見ると幸せな気持ちになる」ということではなく、きっとそこには「誰だってこの絵を見ると幸せな気持ちになるはずだ」という考えも含まれているだろう。だからこそ、「私は好き」ではなくわざわざ「美しい」という言い方をしているのだ。
——レンコン団子の美味しさ / p17より
「自分の心については自分がいちばんよく知っている」というのは、裏を返せば「心のなかについてはその当人にしか本当のところはわからない」ということでもある。だから、ひとたび一人称権威が否定されてしまったら、そのひとはもう自分の心についてその相手に伝えることはできなくなってしまう。
——自分自身を語るために / p60より
一緒に歩いているときに、自分のスピードを頑として維持するのではなく、相手に歩調を合わせるように。
そのように相互に調整するただなかでも、私とあなたがこの社会から離れた個人と個人として向き合っているわけではないのだろう。私たちはこの社会から逃れることはできない。でも、社会を背負って向かい合いながら、それでもときに相手に身を委ね、いったいどこに向かうのかわからないままコミュニケーションを続けるとき、ひょっとしたら私とあなたはそれ以前の関係とは違う関係のありかたを見出すことができるかもしれない。
——呼びかける言葉 / p142より
[目次]
はじめに
レンコン団子の美味しさ
言葉が奪われる
「卒煙支援ブース」へようこそ
「生き延びましょう」とあなたへ向けて
自分自身を語るために
いま、ここから、私が投げかける言葉
会話の事故
哲学者に語れること
突如、迫りくる
理想的な言語、不完全な言語
あれ、そうだっけ
呼びかける言葉
おわりに