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発行 / 河出書房新社
2025年10月30日 初版発行
四六変 / 240頁
山にも、街にも、悲しみの先にも。どこにだって発見はある。自然と芸術を求めて旅する最注目詩人の、〈生への祈り〉と〈センスオブワンダー〉に満ちた傑作エッセイ
祝・萩原朔太郎賞受賞! いま最も注目される詩人・大崎清夏の、旅と暮らしとことばの軌跡。
熊のいる山奥・湘南の海辺・震災後の能登半島・知床の雪原・ハンセン病資料館・ヴェネチア・そして古今の文学と映画と芸術の中まで——〈自然=力=詩〉を探して、どこまでも。
すみかも、生活も、人間関係も、何かが変わってしまっても、柔らかい力強さをもって生きてゆくために。
(河出書房新社のサイトより)
いまでも実はまだ、自分で書いて発表している小説が「小説」なのかどうか、私は心許ない。けれども、そこに物語がちゃんと住んでいるということには、自信をもてる。その家を建てる場所を探すのはいつも、いつかどこかで見た風景のなかだ。暮らしていた部屋や、通っていた道や、夢のなかの場所や、旅先の土地。その土地が私の物語にふさわしい土地かどうか見定めるために、はんぶん幽体離脱するみたいにそこに広がる風景を見つめながら、私は何かが動きだすのを待つ。まるで、雪原をじっと見つめて、遠くにトナカイが出現するのを待つように。
——遠くにトナカイがいます / p24より
大人になってもけっきょく私は、俊太郎さんの詩から同じことを受け取っている。自分というものを忘れることや手放すことを、怖がらなくてもいいこと。私が私として、女として、子どもあるいは大人として社会的に求められている姿から、抜け出してしまってもいいこと。さらには、よく炭坑のカナリアに喩えられるような、詩人が詩人として社会的に求められる姿——戦争詩も戦後詩も、はっきりとその姿を内面化しようとしていた——を脱ぎ捨てて、もっと軽やかな言葉の世界を、とってちってたと逍遥してもいいこと。人間が生きている間に変わり、老い、やがて死ぬのは、怖いことではないこと。
——快楽主義者の詩学 / p100より
展示作品を見るとき、私はひとつ決めていたことがあった。それはできるだけキャプションを読まないことだった。こんな大規模な芸術祭で、現代アートから遠ざかっていた私が、未知のアーティストの作品を限られた時間で見るにあたって、キャプションから読んでいくことほどばかばかしいことはないと思ったからだ。
制作意図や経緯を述べる情報をどこまで受け取るか取捨選択すること自体が、あからさまに政治的な行為になりうる気がした。
——自然を浴びに、ヴェネチアへ行く / p221より
[目次]
熊に会ったら歌うこと。
遠くにトナカイがいます
ちゃんと知りながら、へんなことをやる
何かをほんとうに聞くときには……
いいことばかりは続かないとしても
動物と知り合うヒト
港はありません
その家に、住んでいた
どうぞゆっくり見てください
快楽主義者の詩学
いつか眼差しが再び会うまで
詩人の副業、詩の日常
存在しない故郷への旅
説明できない理想のために……
それはあなたの自由
雪と踊る方法、あるいは訪れの合図
大志の歌の祭りに寄せて
池上上々日記
その心は優しかった。
中也はポエムか
風の展示を見にいく
自然を浴びに、ヴェネチアへ行く
あとがき