発行 / 朝日出版社
2025年5月25日 初版第1刷発行
四六判 / 284頁
朝日新聞『折々のことば』でおなじみの哲学者・鷲田清一、6年ぶりのエッセイ集!
2019年以降、ウクライナや震災、コロナなど、未曾有の日々に起こった社会のできごとに隠れた本質的な問いを、深くやさしい言葉で解き明かす。
・コロナの経験をどのように人類は今後に生かしていくのか
・ウクライナやガザなど彼の地で起こっている戦争をどう受け止め、日本にいる私たちにできることは一体何なのか
・旧ジャニーズや政治家の、会見での一連の不均衡さはなぜ起こるのか
・「SDGs」という正しい言葉への不信感……
日々目にするニュースをどう受け止めればよいかわからない人、さらに一歩踏み込んで考えてみたい方に。
(朝日出版社のサイトより)
そういう複雑性の増大に直面したときにひとが陥りやすいのは、滑りのよい言葉、わかりやすい説話に飛びつくことである。そういうシナリオは、事態がうまく摑めないときのそのもやもやに、あるいは苛立ちに、切りをつけてくれるからだ。だが重要なのはその逆、つまり、結論を急がずに、ああでもないこうでもないと、ぐずぐず、しこしこと考えつづけることである。問題となっている事象が立体的に見えてくるまで、いわば無呼吸のまま潜水しつづけることである。そこでつけるべき肺活量こそ知的な体力ともいうべきものであり、人びとがこれまで<教養>と呼んできたものなのであろう。
——1章 匿名の圧に抗う / p16より
じぶんがどういう状態にあるかということに思い煩うのが、ひとというものである。人間以外の動物ももちろん恐怖や怒りの感情、ひょっとしたら悲しみの情も持つかもしれないが、おのれの置かれた状態を嘆いたり、呪ったり、悲観したりはしない(とおもう)。
——2章 パンデミックの渦中で考える / p118より
自他の境界、内外の仕切りがあまりに厳格に設定されているところでは、交通が起こらない。恵みあいも助けあいも生まれない。
「漏れてしまうものがあるということが、社会性を生み出す」と、伊藤さんは言い切る。ここで社会性とは、一人ひとりが完全に閉じることなく、相互に通いあい、与えあうという関係のことだろう。ここでのいちばんのポイントは、与えることには明確な宛先があるのに対し、漏れるという事態は宛先が不明だということだ。いいかえると、漏れるものを受け取れるかどうかは、受け取る側の能動性しだいだということになる。
——3章 言葉から探る / p182より
[目次]
プロローグ
1章 匿名の圧に抗う
2章 パンデミックの渦中で考える
3章 言葉から探る
4章 本と人
5章 いろんなことができなくなって
あとがき
読書リスト
初出一覧