発行 / 河出書房新社
2024年11月30日 初版発行
四六判 / 240頁
暮らしの中の随筆、文学を書くとは、詩作について、書く人がみえる景色とは…。
随筆家、出版者、文学賞選考委員と、多彩な立場で人びとのことばをみつめた現代詩作家によるエッセイ55篇。
読むこと、書くことを通してことばを見つめ、ひろい場所で呼吸を続ける現代詩作家、荒川洋治。
本書では、随筆家、編集者、文学賞の選考委員と、50年以上も多彩な立場で活躍を続ける著者が生んだ4000編以上のエッセイから、「文章を書く」ことついて記した55作を選りすぐって収録。
「自分はずっと書いている。
ずっとずっと書いてきた人の言葉はずっと尊い。
ずっと届かないのがとてもいい。
——武田砂鉄」
(帯文および河出書房新社のサイトより)
書くことを長年つづけてきたが、いまも、どう書いたらいいのか、不安な気分は常につきまとう。文章というものは、それを求めていく限り、果てしないものなのだと思う。
——はじめに / p1より
というわけで、おとなは、一本の味わい方を知っている。一本で、うれしい顔になれる。他のことで自分が不幸でも、そうなれるのだ。そこに人の気持ちというものの、不思議がある。ぼくはこういう、ちいさなものをいつもいつもたいせつにしているわけではないが、人間に何がたいせつか、というときに、そういうときの人の気持ちが浮かぶ。
いまおとなは、自分のほんとうのよろこびとは何かを考えるとき、大きな状況ばかり想定する。ついうっかり、大きな土俵での自分の姿を、頭に浮かべてしまう。それがかえって心をちいさくする。うれしい顔は、そこからは出ない。たちのぼらない。ぼくは、おとなの顔はあまり見たくない。自分と同じだから。でもおとなの、よろこぶ顔は見たい。ときどき見たい。
——一本のボールペン / p59より
いま文章は、ある人間になるために、あるいは何かを見るために何かを手にするために書かれ、また読まれる。でも実は何もしない文章というものがいちばん多くのことを感じさせ、想像の翼を与えてくれるのだというふうには思わなくなっている。尾崎翠は、それとはちがう、奇妙なほどに純粋な、文章の立場を、さきがけて示した。また苦しみながらもそんな自分だけの世界の、さらにその先を開いていこうとした人でもあるのだ。
——暗くなったら帰るだけ / p160より
[目次]
はじめに
第1章 暮らしのなかで書く
春とカバン
まね
畑のことば
おかのうえの波
他の人のことなのに
メール
夢のふくらみ
青年の解説
自分の頭より大きな文字
これからの栗拾い
小さい日記
すこしだけ、まわりとちがう
一本のボールペン
言葉がない
第2章 詩のことば
かたわらの歳月
散文
蛙のことば
ファミリー 詩の誕生日
山林と松林
目覚めたころ
希望
論文の「香り」
詩の山々
きょう・あした・きのう
いまも流れる最上川
詩の形成
涼やかな情景
キアロスタミと詩と世界
第3章 文学をよむ、書く
峰
かたちが光る
短編と短篇
高見順
遊ぶ
おおらかな写実
毒と神秘と
いつも何かを書いている
風景を越える
書きもの
暗くなったら帰るだけ
『島村利正全集』を読む
悲しみ、楽しむ
第4章 書く人が知っていること
しら浪
子どものときにつくる本
美しい砂
夢と光の日々
形にならない心へと向かう
悲しいもの
自転車で歩く人
太郎と花子
ホームズの車
東海林さだお『スイカの丸かじり』
底流にあるもの
道の影
上のほうから来た人
これから
おわりに
初出一覧