訳者 / 橋本智保
発行 / 書肆侃侃房
2025年11月12日 第1刷発行
四六変 / 240頁
「結局のところ物を書くというのは、よく知っている単語の中に、自分の悲しみを見つけること」
なくなったものの痕跡をたどり、孤独とともに創作する詩人イ・ジェニが綴るエッセイ集。夜の闇に流れる、長く静かな時間に立ち上がる静謐な26編。
ある夜明けには涙のようにあふれる音楽について語り、またある夜明けには悲しみに満ちたプレイリストを思い出しながら詩を読む。
旅先で遭った不慮の事故、長いあいだ不眠症に悩まされたこと、ロックバンドで音楽に心酔していた二十代の頃のこと。孤独とともに創作する詩人が、母の最期に立ち会い、イヨネスコやボードレールなど文人たちの足跡をたどり生まれた、詩と散文の境界を行き来するような言葉の記録。
ロングセラーエッセイ『詩と散策』(ハン・ジョンウォン)と並ぶ、“言葉の流れ”シリーズの代表作。
(書肆侃侃房のサイトより)
書く行為は、先行したものに比べるとどうしてもひと足遅れるし。書こうとしているものを台無しにするだけだとは思うけれど。めぐってくる春が過ぎし春と同じではないように。めぐってくる花が過ぎし季節の花ではないように。文脈の中で一つの世界が動き飛び立つ瞬間を。そうやって始まりの瞬間がぱっと花開くのを待ちながら。詩の体をまとった言葉が。詩の魂を宿した言葉が。自分を縛りつけていた古い意味の陰影を消し取り。限りなく飛翔する推論の言葉となって、再び動き出しますように。
——チェチェク / p20より
ある日あなたは、耐え難い悲しみを連れてあてもなく歩いていた。人通りの多い交差点の横断歩道でふと歩みを止める。青信号になるのを待ちながら。もはや自分の意思では歩けない。そのとき。あまりにも多い騒音と、あまりにも多い人間と、あまりにも多い生き物の中で。あなたは疎外され死んでいる自分を目撃する。その瞬間、言い知れぬ悲しみが言い知れぬ悲しみを吞み込んでしまう。
——回復期の歌 / p99より
ある種の猛烈さで冬の雪を見ている。肉体はひもじく、精神は澄んでいる。貧しく寄る辺なく気高くさみしいものを考えるのにいい季節だ。
——紙の魂 / p185より
[目次]
Ⅰ 音楽もしくは孤独、あるいは愛と呼んでいた瞬間
チェチェク
涙のようにあふれ出る音楽
誰かがあなたのために祈りを捧げる
文章は上から下へ降り注ぐ
跳躍する曲線があるから、私たちは
メタリカフォーエバー
その光が私のもとへやってくる
夢はどこから流れてきて、どこへ流れていくのか
事物に慣れた目だけが事物の不在を見る
回復期の歌
私の部屋の旅行
麻田
夜釣りのためのプレイリスト
眠れない夜のためのプレイリスト
Ⅱ 再び明るむ夜明けのリズムから
未知の書き物
夢から来た手紙
直前の軌跡
夜明けに詩を読むあなたに
暗闇の中から暗闇に向かって
イメージは言語を必要とする
言葉が魂へ流れたら
紙の魂
白紙は削除された文章を抱いている
墓地を散策する人の手紙
瞬間の中から、瞬間に向かって
朝の木から夜明けの海まで
日本の読者のみなさんへ
訳者あとがき