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発行 / 生活綴方出版部
2024年9月28日 初版第1刷
A6判 / 44頁
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信仰をもたないで、信仰を大切にして生きる人と恋愛した痛切な記憶のスナップショット。息苦しさの向こう側にある、心の深い交流について考える一冊。
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編集者のお友達からこの紹介文をプレゼントして頂きました。
(著者のInstagram投稿より)
「俺はクリスチャンやから、イエスキリストみたいって言われるほうが嬉しい」
目線をそらしたまま苦笑いで彼はつぶやいた。その日、大学の授業の合間に友人から「まみの彼氏は菩薩みたいに優しいよね」と言われ、それが嬉しかったことを彼に報告した。あなたはほんとうに優しい人なんだよ、って喜びあうつもりだった。わたしが無神経なだけだ、と判断されたら、それで終わる話なのかもしれない。
——つきあったら、クリスチャン / p5より
「資本主義社会で生きているから、そう考えてしまう。誰にも必要とされなくていい。でも実際、僕はきみと会えて嬉しい」
わたしが知らない、わたしが欲しい言葉だった。それまで必死にしがみついてきた自己承認欲求を蹴り飛ばし、わたしを存在させようと律した。他人とは大衆ではなかった。そして、存在する意義を他人へ欲してしまう理由も社会のありようのせい、という気づき。わたしは高慢にも全部自分の責任で、心が自立できていないせいだと戒めてきた。「まぁ他人の評価はそもそも偏見だしね。その人が生きてきた経験とかが反映されちゃうから、そんな曖昧なものに執着しなくもいい」と続けた。何かから解放されて、見える景色が少しずつ変化する予感がした。
わたしのたましいの内が小さく燃えた。(原文ママ)
——たましいの内が小さく燃えるとき / p39より
それぞれ摑みきれないまま、すべての人の思想が日常の中に各々の濃度で溶け混んでいる。作中では、何度もクリスチャン、とひとまとめにしてしまったが、一人一人が、神様と多様な関わりを築いている。わたしも信仰に関しては、引き続きSTILLという状況として、曖昧なまま隅に置いておきたいだけかもしれない。
——あとがき / p43より
[目次]
つきあったら、クリスチャン
彼とわたしの生きる意味
憂鬱な教会と見えないもの
むずかしい愛
一粒のからし種とピザ
たましいの内が小さく燃えるとき
あとがき