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発行 / 本屋メガホン
2025年5月11日 初版第1刷
B6変 / 126頁
大きな枠組みや制度と紐づけて語られやすいケアという行為や営みを、縫いぐるみやネイル、本屋、編み物などの視点から改めて見つめ直しながら、ケアにまつわる慣習や規範、カテゴリー等を問い直し、脱中心化する(=「クィアする」)ことを目指すzine。
「する/されるといった関係性に依拠しないケア」や、「ゆるく磁場的に発生するケア」についてなど、個別具体的な営みや実践を丁寧に観察し言語化しながら、よりオルタナティブでフラットな目線からケアを考える。
縫いぐるみ作家による漫画エッセイや、セーファースペースを目指す本屋同士の対談、パンク・アナキズムからケアについて考えるエッセイ、「ネイルしながらケアについて話してみた」イベントのレポなどを収録。
(本屋メガホンのInstagram投稿より)
みんなでおしゃべりをしながらネイルをする会では、爪を磨きながら最近モヤモヤしていることをシェアしたり、自分の怒りをネイルに込めたりして、参加した我々にとっては間違いなくケアの場だったが、先述の定義ではこういった瑣末で個人的なケアの営みは取りこぼされてしまうのではないか。
また、この時はケアを施す人/それを受け取る人という関係性ではなく、「磁場的なケア」としか言いようがない何かが発生していたように感じて、必ずしもケア的な行為の主体と客体を明確に区分できない(あるいはそもそも主客が存在しない)場面もあるはずだ。
いわゆる「セルフケア」や「自分の機嫌は自分でとる」といった言説とも距離をとって、より切実で個別具体的で簡単には言語化できない営みや実践から漏れ出てくるものを掬い上げてじっくり観察し、もっとフラットに「ケアってなんだ?」を考えてみたいと思った。
——ケアの定義に対する違和感 / p5より
わたしは仕事上人形を作る側なのだが、
己の解放の訓練(それはかなりの痛みを伴う)にぼろぼろになってしまった時、
静かに制作に取り組み、一針一針運針してゆくと
自然と体温が一定に保たれる感覚に陥る。
そして、出来上がったその子を見ると、どこか安堵を覚え、
大丈夫、と思えるのだ。
内面化されてしまった社会的規範を、
お行儀悪く破っていく
そんなことの手助けすら、作品たちは担ってくれているようなきがしている。
——「縫いぐるみづくり」から考えるケアと解放
/ p46より
日本でいうセルフケアって美容の観点が強いから、「他者から見ていい自分に見えるようにケアしよう」みたいな、「自分磨き」に近い意味ですよね。本来は自分のためにやることだと思うけど、世間で言われているセルフケアはそういう意味があんまりない気がする。私の中ではネイルは「自分のためにやる」っていう意味でのセルフケアに近いんですよね。
——ネイルしながらケアについて話してみた / p114より
[目次]
ケアの定義に対する違和感(和田拓海)
クィアでオルタナティブなケアについて考える読書会
わたしをケアする雑誌づくり(一条道)
「縫いぐるみづくり」から考えるケアと解放(そぼろ)
「本屋」から考えるケアとセーファースペース
(関口竜平×和田拓海)
パンク・アナキズムからケアを考える(小野寺伝助)
「コレクティブ的な共同生活」から考えるケアと暮らし
(きら×ほに)
ネイルしながらケアについて話してみた
ままならない「舟」をたしかに漕いでいくために
(和田拓海)