発行 / 筑摩書房
2024年6月10日 第一刷発行
A6判 / 288頁
退屈な日常は、著者にかかると刺激的な世界へ変わる。
注目の書き手によるエッセイ集、待望の文庫化。
「真の意味で優しい人が書いた、読んでいるだけで気持ちがどんどん落ち着いていく本です。——吉本ばなな」
アルコール依存症、離婚を経て、取り組んだ断酒。自分の弱さを無視して「何者か」になろうとするより、生活を見つめなおし、トルストイとフィッシュマンズなどに打ちのめされながらも、すでにあるものを感じ取るほうが人生を豊かにできると確信する。様々な文学作品を引きながら、日常の風景と感情の機微を鮮やかに言葉にする。
新たに3篇を加え増補新版として文庫化。
(筑摩書房のサイトより)
静寂から掴み取れるものはたくさんある。それはほとんどの場合、すでにあるものを、もしくはあったものを確認する作業であり、「常に正気でい続けることの狂気」を受け入れること、ありのままの世界をありのままに生きること、不確実な現実から確実な切れ端を少しでも掴もうともがくこと、その勇気を持ち続けることでもある。
だから今は、こんなことを心から願っている。
僕は平熱のまま、この世界に熱狂したい。
——平熱のまま、この世界に熱狂したい / p55より
また、ただ単に可愛いものを指して、「ぽ」と呼ぶこともある。これは、音の響きも含めて、日本語で最も可愛い文字が「ぽ」であるという理由から発想したもので、「ぽ的なもの」などといった使い方もあるのだが、「ほげ」ほどには自分のなかで浸透していない。
コンビニを区別して呼ぶことに煩雑さを感じ、セブン-イレブンとローソン以外の店を概念化して、すべて「ファミマ」と呼んでいた時期もあった。待ち合わせのときなどにまぎらわしく、コンビニに対しても失礼であるという理由から、こちらは友人にやめさせられた。
——ヤブさん、原始的で狂おしい残念な魅力 / p135より
僕はいったいいつから寂しかったのであろう。気づいたときには、寂しくて仕方がなかった。もちろん家族も愛犬ニコルも友達もいるし、僕は孤独ではない。でも寂しい。僕はある時期から、世界が以前のように美しく見えなくなったことに悲しみを感じていた。酒を飲んでいた頃はとにかく悲しくて、何もないまま美しい世界が見えていたときの喜びと、見えなくなってしまったあとの悲しみを忘れようとしていた。目を背けようとしていた。酒の力で悲しみを散らそうともしていた。
アルコールをやめて八年近くが経つ。アルコールのない生活にもすっかり慣れてきたように思う。もう、突然、アルコールを飲みたくなる衝動に駆られることもない。世界についての考え方も少しだが変わり、悲しみより新しい喜びや愉しみのほうに心をあずけることができるようにもなってきた。もちろん、その気持ちにも揺らぎがある。
——一生懸命で寂しい人 / p237より
[目次]
1章 ぼくは強くなれなかった
打算的な優しさと「〇を作る理論」
「何者か」になりたい夜を抱きしめて
僕は強くなれなかった
ありのままの世界
平熱のまま、この世界に熱狂したい
2章 わからないことだらけの世界で生きている
朝顔が恋しているのは誰?
不快だけど大切なことを教えてくれた作品
私はそうは思いません
35歳問題
わからないことだらけの世界で生きている
3章 弱き者たちのパレード
二瓶さんとの雅な蹴鞠
舌の根が乾かないおじさん
ヤブさん、原始的で狂おしい残念な魅力
紳士は華麗にオナラする
肉と人と醜いアヒルの子
中田英寿に似た男
4章 弱くある贅沢
「細マッチョ」をめぐる冒険
クローゼットの中の時間
弱くある贅沢
僕の好きだった先輩
補章 川下への眼
一生懸命で寂しい人
八〇〇回目くらいの話
川下への眼
あとがき
文庫版あとがき
飄然と、弱い自分を語ることから始める(山本貴光)
全身随筆家(吉川浩満)