銀の森
2024年3月29日 初版
四六判 / 170頁
釈明さえすれば、結婚しなくても生きていけるらしい。(…)次はわたしたちが、釈明しなくてもいい社会にしていくのが次のステップなのかもしれない。
そういう存在も、当たり前にいるんだよとロールモデルを示す、それはわたしたちが自分の生きたいように生きていくだけで実現できる。楽しく、したたかに過ごしたい。こうやって生きるのも悪くないよって言えるように。
わたしは、抵抗のために、これからもこの社会を生きていく。
——いつも釈明してばかりの二八歳、非婚主義。/ p15より
まだまだ生理について話すことはタブー感が強く、社会でその問題が共有されている感じは薄いが、恥ずかしがって隠さないこと、発信すること、理解しようとお互いに歩み寄ることで、ぬかるんで一歩進むごとに靴が脱げていたような泥道を、ほんの少し乾燥させ、歩きやすくすることはできるかもしれない。
——わたしの生理のはなし / p85より
そういうときに台所の前に置いた椅子に座って、ぼーっと焦げ付かないようにお玉をぐるぐる回しながら、ぶくぶくする鍋を見つめていると、心が回復してくるのだ。自分をケアしているような気持ちになる。そして、前に衝動的にビーフシチューを作り出した記憶がほんのりと立ち上がってきて、自分のためだけに手のこんだものを作れる自分は、まだ大丈夫なんだと思えてくる。
——深夜に珈琲豆を炒る / p112より
28歳の銀の森さんによる、縦横無尽な日々の記録。
非婚、生理、BL作品、韓国やタイのドラマ、料理のこと、母親について、職場でのあれこれ——フェミニズム的な強さに貫かれた、エッセイ集です。
いま、この社会において、著者のように生きることは、そのまま、生存のための抵抗でもあります。
自分ひとりの生を充足させるばかりでなく、まだ見ぬ誰かにとっても、息のしやすくなる社会のために。著者に倣ってわたしたちも、各々の場所で、各々のやりかたで、抵抗し、生き延びてゆきましょう。
[目次]
はじめに
いつも釈明してばかりの二八歳、非婚主義。
あの時助けてくれたお姉さんへ
韓国ドラマとの出会い
憧れの建物はやがて、永遠の憧れになった
夜の公園でギターを
お父さんはなんの仕事をしているの?
一人を承認して
物語がないと生きていけないわたしたちでありますように
母の背中
わたしの生理のはなし
タイドラマがみせてくれる光
深夜に珈琲豆を炒る
一人では抱えきれないから、わたしたちは話すのだ
母の再婚
川の風に吹かれながら
人生に迷う二八歳は
おわりに