訳者 / 田中淳
発行 / みすず書房
2014年9月10日 第1刷発行
四六変 / 272頁
「この惑星において人間は異邦人である、と考えるといつも興奮をおぼえる」
知識人はなぜ大衆と対立するのか。
選民思想はどこから生じるのか。
沖仲士の哲学者、ホッファーによる思索の結晶。
(帯文より)
午前五時。独善的になっている。長い仕事の後にはいつもこうなる。仕事は蟻を残忍にするばかりではなく人間をも残忍にする、とトルストイがどこかで言っていた。
——1958年6月1日 / p5より
偶然というものがなかったら、人生はどんなに味気ないものになるだろう。祈りや希望は皆偶然を求めているのである。現実にどこかに向かっているとの感をわれわれに与えるのは、ほとんどの場合、時機を得た偶然のできごとである。私の知るかぎりでは、人生は偶然の十字路であるがゆえにすばらしい。
——11月7日 / p83より
第二十三埠頭、オランダ船フリースラント号、八時間。一日中きつい仕事——東アフリカからのアスベスト。明日もこの船に戻ってこの仕事を終わらせなければならない。
きつい仕事だったが、あまり疲れを感じない。意気揚々とまではいかないが、なにか心が軽く、部屋がきちんとしているのがうれしい。パートナーはエミリオだった。彼はすぐれた労働者だが、一日中奇妙なプロパガンダ——自分自身のためのプロパガンダ——をしている。ほらではないのだが、何かよいことが起るとそれはすべて彼が関与したためだと考えてしまう。彼は非常に人がよく、他人を助けるためならでしゃばりもする。彼の英語は奇想天外である。なのに、私が彼を相手にスペイン語を話そうとすると、ほんのわずかの間違いでもからかう。大好きだ。
グリーンの花びんにさした一束のぶどう色のヒヤシンスがテーブルにかざってある。月曜からかざってあるのだが、まだ新鮮で美しい。夕方いっぱい、このグリーンとブルーの調和の美しさを意識していた。私に絵がかけたら、この絵をなんどもなんども描いただろう。
——3月13日 / p180より
[目次]
序
日記(1958年6月-1959年5月)
訳注
ホッファー小伝
訳者あとがき
距離と違和感——『波止場日記』解説日記(森達也)