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カメラを止めて書きます / ヤン ヨンヒ

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発行 / クオン 2023年4月30日 初版第1刷発行 四六判 / 256頁 家族を撮り続けることは 自分への問いかけ。 ドキュメンタリー映画『ディア・ピョンヤン』『愛しきソナ』『スープとイデオロギー』のヤン ヨンヒ監督による書き下ろしエッセイ。 人々はヤン ヨンヒについて「自分の家族の話をいつまで煮詰めているのだ。まだ搾り取るつもりか」と後ろ指をさすかもしれません。 しかし私ならヤン ヨンヒにこう言います。「これからもさらに煮詰め、搾り取ってください」と。 ヤン ヨンヒは引き続き煮詰め搾り出し、私たちはこれからも噛み締めなければなりません。 ——映画監督 パク・チャヌク 家族を撮ること——それは自分のバックグラウンドと広く深く向かい合うことだった。 映画監督ヤン ヨンヒが、自らの家族にカメラを向けた<家族ドキュメンタリー映画3部作>のビハインドストーリーや、撮り続けるなかで感じる想いを、率直な語り口で綴ったエッセイ。ヤン一家の話を通して、日本と朝鮮半島が歩んできた道、<家族>、そして<わたし>という存在を、見つめるきっかけになる一冊。 (クオンのサイトより) 映画や本にできる話なんてたかが知れている。本当のノンフィクションは、誰にも言えない記憶や心情であろう。だからこそ、せめて、掬い上げた話くらいはちゃんと伝えたいと思う。 日本と朝鮮半島の歴史と現状を全身に浴びながら生きてきた私の作品が、人々の中で語り合いが生まれる触媒になってほしい。そして私自身も触媒でありたい。生きている限り、伝え合うことを諦めたくないから。 家族の話を作るたび家族に会えなくなった。しかし「家族は消えない、終わらない、面倒でも会えなくても死んでも家族であり続ける」という実感が、私を新しい解放区へと導いている。 ——はじめに / p10より 総連コミュニティーでは、「栄光の帰国」を果たした兄たちは褒め称えられ、残った家族は心の中の喪失感を「名誉」で埋めることを強いられた。子供なりにも「兄たちが幸せになれるのなら」と寂しさを耐える理由を探した。周りの大人たちは「民族差別がはびこる日本で苦労するより、差別のない祖国で苦労した方が報われる。三年、五年待てば祖国統一が実現し、南北、日朝も行き来が自由になるはず」と夢物語を語った。あの時代に語られた言葉は確かに夢物語だったが、在日コリアンを取り巻く日本での状況が過酷だったと言えよう。 ——食卓を挟んで / p52より 家族とは血縁だけではないとつくづく思う。わかり合い支え合おうとするお互いの努力があって機能する関係性があってこそ、その集合体は家族たりうるのかもしれない。わかり合うためには相手の記憶を共有する努力がもとめられる。当事者にはなれないが、計り知れない他者の人生を理解するのは不可能だが、せめてアウトラインくらいはわかっていたいという謙虚な共有。そのためには知ることだ。事件と事実を、感情と感傷を、そして言葉にならない想像と妄想までもを。 ——鶏スープを分けて食べる / p207より [目次] はじめに 1 普通の人たち  猪飼野の女たち  アメリカ人、日本人、朝鮮人  「親しかでけへんで」  食卓を挟んで  最後の家族旅行  「大きな写真機」を持って  「おばあちゃん、おじいちゃん、ありがとうございます」  ニューヨークからピョンヤンへ  父の古希祝い  残酷な質問  ウリ ヨンヒ チャッカジ 2 カメラを切って  ソナの微笑み  小川の水、くねくねとどこへ行く  「この人は私のコモです」  ギターを弾く新しい母  必死の電話  最後の挨拶  毎日ちゃんと食べて、少しでも笑う  父の隣に添い寝して 3 すべての行為は祈り  記憶の糸を手繰り寄せるように  細胞に染み込んだ歌  母、二〇歳  もう一人の主人公  鶏スープを分けて食べる  コノ兄の死  母の証言  忠誠の歌  七〇年ぶりの済州島  肖像画を下ろした日  送れない手紙  祈るオモニ

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