著者 / 畑中章宏・若林恵・山下正太郎・工藤沙希
編集 / コクヨ野外学習センター・WORKSIGHT
発行 / 黒鳥社
2025年1月18日 第1版1刷発行
A5判 / 224頁
246冊の本から「日本の会社」という謎に迫る
わたしたちはいつから「社会に出る」ことを「会社に入る」ことだと思うようになったのでしょうか。現代日本人の生活にあまりにも行き渡り、出世や勤勉さ、あるいは生活や欲望といった日々の考え方にも大きな影響を与えている「会社」とはいったい何なのでしょうか。
コクヨが掲げる「自律協働社会」というありたい社会像を手がかりに、これからの社会を考える上で重要な指針となりうるテーマやキーワードを拾いあげ、探究するメディア「WORKSIGHT」が、民俗学者の畑中章宏さんを迎え、会社と社会をネタに、読み、考え、語り合った融通無碍な読書会を開催。『論語と算盤』『学問のすゝめ』から『ブルシット・ジョブ』、自己啓発から不倫まで、246冊の本から「日本の会社」という謎に迫ります。
(コクヨのサイトより)
重要なのは、資本主義的な実業家というものが、それ以前の商人や富豪とは完全に一線を画す存在で、しかも、それが非常に汚らわしい存在に見えたという点です。山師的な商人や投機家、冒険者はそれまでもいつの時代にもいたわけですが、新しく出てきた資本家は、精神においてそれとはまったく異なり、そうであるがゆえに、とてつもなく不気味に見えたと。
——第2回 ふたつの「勤勉」 / p58より
まったく違いますね。抽象的な言い方になりますが、例えば中国や韓国から来ている人たちは一個人に見えるんです。ところが、日本から来ている駐在員は会社を背負っている感じがします。そこから次第に「あの人は銀行だな」「商社だな」「保険会社だ」「政府関係者だ」などと見分けることさえできるようになりましたので、我ながらかわいくない子どもでしたが(笑)、そうしたサラリーマンのあり方は、どんな社会を背景にしてでき上がっていったのだろうと興味をもつようになったんです。
——第6回 サラリーマンの欲望 / p164より
ひとつ私が懸念するのは、近年の日本での、小商いということばのもてはやされ方でしょうか。わりとリベラルな人たちが小商いということばを用いている印象がありますが、しかし本人たちが使用している感覚以上に、そしてそれを企業という文脈のなかで使うならばなおさら、資本主義的・新自由主義的なニュアンスを帯びてしまっているのではないかと感じます。
——第7回 会社は誰がために / p200より
[目次]
はじめに 会社を問う・社会をひらく(山下正太郎)
第1回 会社がわからない
会社の民俗学
「会社=社会」だと思っていた
単数形としての「社会」
メンバーシップの“タテ”と“ヨコ”
商人はどこへ消えた
第2回 ふたつの「勤勉」
『論語と算盤』がわからない
資本主義の不気味な「精神」
貯める勤勉・働く勤勉
経営と温情主義
俸禄とへそくり
第3回 家と会社と女と男
女工から始まる
職業婦人・痴漢・ルッキズム
母性保護論争のあらまし
家はそもそも企業体
第4回 立身出世したいか
出世欲ある?
「立身」と武家社会
勉強して官僚になろう
暗記力がすべて
非凡なる凡人
第5回 何のための修養
社歌・社訓・創業者の胸像
松下幸之助の「わからなさ」
ノン・エリートのための「修養」
新興企業に社葬が必要な理由
トイレ掃除とジョブ・ディスクリプション
第6回 サラリーマンの欲望
研究者にも謎、当事者にも謎
サラリーマンの絶望と欲望
転がる紙風船
第7回 会社は誰がために
ChatGPTに仕事を奪われる
ブルシット・ジョブがまた増える
仕事における「ケア」
「小商い」に戻る
デジタル・プラットフォームと市場
結局会社は要るのか
コラム 会社の補助線
遅刻してはいけない
虹・市・起業
速水融の「勤勉革命」
「失敗」や「挫折」を語れ
女性とアトツギ
経団連と自己啓発
トーテムとしての「暖簾」
社宅住まいの切なさ
三菱一号館から始まる
「事務」はどこへ行くのか
ブックリスト 本書で取り上げた本