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発行 / 講談社
2024年5月28日 第1刷発行
四六判 / 256頁
たとえこの地球に散り散りに住むことになったとしても家族でいられるように、わたしたちは将来の約束をしない——群像の好評連載がついに単行本化。新進気鋭の美術家による清冽なエッセイ。
「実際のところ別に名前自体はどうでもいいとは思うが、必ずしも恋愛にもとづかない関係をときどき家族と名乗ることができたりする社会になったらいいのにな、とは心から思う。けれど、わたしの中にある「家族」への固執は、おそらくもっと身勝手で、ままならない何かに紐づいている。自分の心と体が誰にも支配されることのない家を、安心して帰れることが約束された家を、わたしはこの手で作り直したかったのだと思う(本文)」
(講談社のサイトより)
少し前までは、わたしに向けられているものが恋愛感情ではない、ということを受け入れるのがかなり辛かった。自分がこの人にとって大切でかけがえのない存在である、ということを証明するのに、当時のわたしにとって一番手っ取り早いのが、恋愛感情を受け取ることだったのだと思う。でも、「恋」と「愛」も厳密に言えばだいぶ異なる感情であることもなんとなくわかっていたし、そこには「情」というさらに曖昧な概念も含まれていた。
——ママと娘 / p16より
軽い脱水症状で朦朧としながら、他者を食べるって本来こういうことなんだよな、とわたしは妙に冷静な気持ちになっていた。勝手に挑んで、勝手に負けたのだ。わたしの内臓は、相手の内臓に勝てなかった。そのことにどこかほっとしている自分もいた。(…)
わたしがベジタリアンになる日が来ることは当分ない気がする。だけど、食べる方も、食べられる方も、かつてはこうやって一対一で対峙した生き物同士だったことを、たまには思い出そうと思った。
——肉を噛む / p114より
あるインタビューで、わたしが一緒に暮らしている晋吾と玲児くんのことをときどき「家族」と呼んでいることに対して、「でもそれを家族と名づけることは、伝統的な価値観を再び呼び込むことにはなりませんか」と尋ねられたことがある。鋭い指摘だなと思ったし、実際そういうふうに思う人もある程度いるだろう。
わたしはそのとき、「けして一般的な家族とは呼ばれるはずのない関係性のものたちが、ごくふつうに家族という名称を使うことで、従来の言葉の意味を攪乱したり、言葉の意味を内側から書き換えたりすることもできるんじゃないでしょうか」といったような返答をした。
実際のところ別に名前自体はどうでもいいとは思うが、必ずしも恋愛にもとづかない関係をときどき家族と名乗ることができたりする社会になったらいいのにな、とは心から思う。
——マイホーム / p198より
[目次]
なめらかな人
ママと娘
骨が怖い
交差点
ビオランテ
カラオケ日和
ねじれたヌード
底意地の悪い
ドクメンタの夜
晋吾のスカート
肉を噛む
バッド・ゲームの向う側
見ない、見えない、見なくていい
身籠り
あの銅鑼が鳴る前に
石に歯
ぬいぐるみたちの沈黙
労働と蕩尽
マイホーム
続・マイホーム
白い塀
遥かなるゾーニング
秘密の融点
砂のプール
あとがき