発行 / 本屋メガホン
2026年2月8日 初版第1刷発行
新書版 / 84頁
新刊書店「本屋メガホン」が発行する文芸誌「石としてある」の第3号。"意味も定義も説明も証明も求められず、ただそこにあるものとして観測される文章や表現が集まるための場所をひらく"をコンセプトに、毎号様々な寄稿者がエッセイや詩歌、日記、小説などを寄稿する。
(本屋メガホンのInstagram投稿より)
「健常者」「障害者」のラベルは、何ができて、何ができないか、という能力主義によって振り分けられているのかもしれない。そして、どちらでも上手くやれない私は、だからずっと寂しいのだろうと投げやりになりかけたところで、やっと腑に落ちた。
どうやら、私は私ではない者にはなれないみたいだ。
——寂しい細胞 / p14より
多分私と母は今後も完全にわかりあうことはないと思う。何か大事なものを大切にする方法は色々あるよなと思う。反撃でもなく説得でもない方法で、難しい言葉を使わなくても、私たちの経験はきっと伝えられるはず。中途半端なままでも、わからないと思いながらも、分からないまま受けとめていくしかないような、そんな距離が居心地いいなと思う。
——わかるような気がするような気がする / p56より
わたしたちは、直接会って言葉を交わさなくても、互いのことを何も知らなくても、話していることが互いに理解できなくても、すでに/つねに/弱さや脆さをまとったまま、ともにあることができる。その可能性を、可視化して束にして手渡すこと。その束が分厚くなればなるほど、そこで描かれる主題や表現や書きぶりがバラバラであればあるほど、私たちが生きる社会の複数性や複数であることの可能性を、信じ切ることができるのだと思う。
——編集後記 / p83より
[目次]
寂しい細胞(信藤春奈)
全部なくなれ(三木かおり)
ロング・ロング・クルージング(堀井ヒロツグ)
2025年11月16日(日)(柴沼千晴)
わかるような気がするような気がする(岩瀬海)
鍋とそこに沈む石(Mayu Kamisaku)
内側にある(浅井美咲)
「見えない」存在とクィアなともだち(眞鍋せいら)