発行 / 青土社
2025年6月30日 第1刷発行
四六判 / 208頁
「ありのまま」は美しい。「ありのまま」は難しい。
「ありのままが美しい」というメッセージに頷きながら、私たちは見た目をよくしたいという欲望を抱いて(抱かされて)しまう。「ありのまま」が肯定される時代で折り合いをつけながら生きる人のための必携書!
ポジティブなメッセージと現実のあいだで葛藤するすべての人のために——。
(青土社のサイトより)
社会は着実に身体や見た目をめぐるスタンダードや「こうでなくてはいけない」といった規範を取り払い、「正しい」価値観に切り替える方向へと進んでいる。これは社会にとって確かに「良い」ことではあるのだが、私たちひとりひとりの視点から見たときに、真に健全で「良い」状況へと向かっているといえるのだろうか。それは本当に、誰しもにとって心地よい状況を導けているのだろうか。社会の大きな理念の変化として動向を注視していくことは必要であるが、それと同時に、見た目をめぐる問題は誰しもに関わる身近なものであるからこそ、自分たちにとって手触りのあるところから考えていくことも重要であるだろう。
——はじめに / p20より
私たちの日常にある「ありのまま」の身体について考えるうえで特徴的な現象となるのが、身体を無理に加工することなく、自然であることを尊ぶ潮流の存在だ。ボディポジティブの文脈で大切にするべきものと提唱された「ありのまま」は、美への心理的なプレッシャーが大きいなかで理想の身体に近づくために足掻くのではなく、肉体的にも精神的にも無理のない、自分らしい身体を指すものであった。だが、この「ありのままを大切に」という考え自体はボディポジティブが広まる前から、「自然」な見た目を重んじる傾向として社会に存在していた。今日の「ありのまま」の展開も、こうした広範な「自然さ」を良しとする思想と完全に切り離されたものではないだろう。
——5 私と身体の現在地 / p142より
今日の私たちの見た目を取り巻く状況を考えていくと、理想と現実が拮抗する状態にある。倫理的に正しい態度として、「ありのまま」の自分を肯定することを推奨されつつも、「美しさ」を渇望する気持ちを簡単には手放すことはできない。たとえ、その「美しさ」が従来よりも多様な姿となり、画一的な基準ではなくなったのだとしても、より良い自分のために「美しさ」を追い求めるということから完全に距離をとることは難しい。自分のなかに深く根づいた「美しさ」への憧れや葛藤、新たに称揚されるようになった「正しさ」への共感やもどかしさ、こうした価値観の複雑な交差のなかで揺さぶられ、いずれの側でも理想像や憧れを具現化する手段として、何らかの消費を促されつづける状況にある。
——おわりに / p167より
[目次]
はじめに 「見た目」を考えることの難しさ
私たちの厄介な身体
美の規範やルッキズムへの抵抗
本書について
1 「自分を愛する」というムーブメント
メディアを介して広まる「美しさ」への意識
身体そのものをめぐる流行
画一的な美に抗う「ボディポジティブ」の登場
ポジティブさから置き去りになる
自信を持とうというエンパワメントに潜む課題
互いの苦しみを理解し、共闘するために
2 ファッションを楽しむ「ぽちゃティブ」
日本での「痩せている」と「太っている」
プラスサイズファッションの普及
明るく、おしゃれな「ぽちゃティブ」
愛される身体、承認される「見た目」
太っていてもかわいい、太っている方がかわいい
消費を促す「愛される私」
3 「美しさ」が必要なマーケットのなかで、「美しさ」からは逃れられない
「美しさ」の呪縛
広告が描く、自分なりの「美しさ」
「美しさ」のジレンマ
マーケットに「受け入れられる」ということ
「ファッション」となることのジレンマ
4 ボディポジティブの「ポジティブさ」とは何か?
ロールモデルたちの「ポジティブ」な実践
エンパワメントとしてのファッションやメイク
体重が私の“すべて”になる
「身体」のメディアコンテンツ化——成功物語としての変身譚
5 私と身体の現在地
「ありのまま」は難しい
素の美しさへの信仰
私が救われるための消費
誰のための、何のための消費であれば許されるのか?
おわりに 「ありのまま」の時代を生きていく私たちに
「ありのまま」をめぐる強さ
私の問題ではなく、社会の問題として共有していくこと
異なる価値観を抱く、同じ痛みを抱えた誰かと共に
付録 私の「見た目」を考える断片集
婚活リップ
儚さと「美白」
化粧品広告のなかの男性
「ヘルシー」な体型
美容整形は「ずるい」のか?
あとがきに代えて