発行 / 朝日新聞出版
2025年10月30日 第1刷発行
四六判 / 288頁
希死念慮に苦しんだ10代、デビュー作による芥川賞受賞、
結婚、出産、孤独で自由なパリでの生活、かけがえのない子供たち、離婚、そして新たな場所へ。
作家として、母として、個人として——
金原ひとみ 魂の遍歴
『蛇にピアス』から『マザーズ』と経て、『アンソーシャルディスタンス』『YABUNONAKA—ヤブノナカ—』へと結実した小説家の軌跡。
朝日新聞掲載からSNSで拡散され大きな話題となった「『母』というペルソナ」ほか、作家生活20年にわたって書き継がれたエッセイ&掌編小説を完全収録
(朝日新聞出版のサイトより)
出産を機に、完全に母というペルソナを自分のものとして生きていく人もいる。その方が生きやすい人もいるのだろう。私はあのペルソナについぞ親近感を覚えられないまま、いつしかその必要性から解放された。かぶってみたら息ができなくて、張り付いて窒息しそうで、苦しくて仕方なかった仮面が外れた瞬間、自分の本当の顔を思い出した。そんな感じだ。その自分は醜いかもしれないが、窒息する仮面よりはマシだった。
自分に戻って生きやすくなったわけではない。それでも、あの苦しみよりもこの苦しみ。と思える生きにくさと生きられることにほっとした。どうせ殺されるなら、母としての生きにくさではなく、幼い頃から慣れ親しんだ、どうやっても自分から切り離せなかった生きにくさに殺されたかった。
——「母」というペルソナ / p16より
ずっとこの人の腕の中にいたい、そう思うことはあっても、ずっとここで生きていきたいと思ったことは、生まれてこの方一度もなかった。人生に於いて生きる場所というのはその程度のものなのだろう。
——牡蠣の憂愁 / p119より
でも小説を書くという行為と、応募するという行為が自分の中で一直線では結びついておらず、なぜか私には目から鱗の言葉だった。あの違和感はきっと、自分にとって小説を書くことが純度の高い個人的な行為だったために生じたのだろう。永遠に自分だけのものとして小説を書くのと、人の目に触れる可能性のあるものとして小説を書くのとでは全く意味が違うと、今ではよく分かる。
——パチンコ屋の君 / p245より
[目次]
Ⅰ
「母」というペルソナ
Ⅱ
部屋運は変わらず
死後に求めるもの
小麦粉!
血肉になれ
8131日生きた私
お腹
南米のエリザベス・テイラー
孤独な執筆作業を支えてくれる「は」の欠けたパソコン
パリ紀行
プラタナス
セミ
薄血
青空
二〇〇九年一月八日から十四日までの日記
二〇一一年二月二十六日から三月四日までの日記
Ma Place
スパーク
ガブリエル・シャネルをめぐって
牡蠣とラーメンとここじゃないどこか
くつのゆくさき
牡蠣の憂愁
繚乱
柔らかな幸福の輪郭
むすびめ
退色
今を照らす光
変わらないもの
繫がりと分断
タシャとボネッ
煙草の吸えた三月の居酒屋
ライク スモーク
嘘偽りのないジビエ
二〇二二年八月十二日から十八日までの日記
新宿からの祈り
はなればなれに
飛ばない気球
彼女の帰郷
エイジング
虫の思い出
オレンジの救済
回り続ける星
ダベッテマザッタ
震えるシュプレヒコール
行かなかった港町
サーカスと農場
ルネサンス
形のない未来と過去のあわい
Well come
ニコール・キッドマンの初恋
Ⅲ
踊り場の君
パチンコ屋の君
自転車の君
窓際の君
日比谷の君