発行 / KADOKAWA
2025年11月10日 初版発行
四六変 / 192頁
29歳でうつになり、30歳からは毎年冬季うつ。
休みながら、自分を責めずに生きるコツ
劇団贅沢貧乏主宰、ドラマ『作りたい女と食べたい女』などで注目の若手脚本家による初のエッセイ
「ぜんぜんダメだなと思ったとき、ここに戻ってきたい
——和田彩花」
「みんなの休んでもいいんだよ大臣になりたい」
「誰かをうらやましいと思ったら、それはその人の輝きの季節を見ているだけ」
「夢を叶えることが素晴らしいことなんだとしたら、叶っていない状態の今はなんなんだろう。夢のための伏線だろうか。人生は全部本線じゃないだろうか。」
(KADOKAWAのサイトより)
20代後半まで、とにかく止まらず走り続けていた。休んだら置いていかれそうで、価値がなくなりそうで、忘れられそうで、休めない、そう思っていた。だからこの種の恐怖はよくわかる。たしかにわたしはあのとき、休んでもいいんだよと説得されても聞き流していたと思う。でもこうやって書きながら、「休めない」と思い働き続けることは、脅迫されて走り続けている状態に近いのではないかなと思うのだ。
——はじめに / p6より
別れは、「別れよう」「わかりました」と、言葉で交わしたところで成立するものじゃない。別れることが決まって、それから本当にそれでよかったんだろうかと後悔して、でもいいんだと思い直し、それでも生まれた空白に耐えられなくなって、涙が出て、また連絡しちゃったりとかして、後悔して、でも別れるんだとまた思い直して、誰かと出会ったりして、でもまた思い出して、そうやって少しずつ少しずつ別れていく。そういうものだ。かかる時間は人によるけれど、何年かして、ようやく「あ、別れられたなあ」と実感するようなときが、本当の別れのような気がする。
帰ってくると、きみちゃんからお礼の連絡が来ていた。そして、「生きよ‼って、思った‼」とメッセージが来ていて、笑ってしまった。
——別れは少しずつ / p132より
でも、ここまでわたしが強く、自分に自信を持ち、球体とまで言い放てるのには理由がある。それは、ここまで何度も書いてきたように、このように思えるのは期間限定で、もっと言えば夏の期間に限定されていて、冬になればまた違う自分が現れてくるのをわかっているからなのだ。冬のわたし(球体)は、紙でできているかのように水に濡れると破れ、溶けて流される、それくらい脆いものになってしまう。
だからこそ、今わたしがサトラーンという新素材でできたかっこいい球体であることを、脇目もふらずに誇りに思っている。自分が球体であるということを考えると、背筋が伸びて、息がしやすくなる。
わたしは球体。
弱くなるときが来ることはわかっているけど、今硬くて強い。わたしはかっこいい球体なのだ。
——わたしは球体 / p176より
[目次]
はじめに
1章 ほんとうは冬眠したい
冬に調子が悪くなる
冬の習慣
スパイスカレー
ほぐれてから話せること
趣味がない
うつが明けるXデー
元気
ねこらむ 猫が家族になった日
2章 より良く生きたいだけなのに
なにもしてない
都心で食べる川魚
おしゃれになりたい
誰にも言いたくないこと
仮免許学科試験
仮免許実技試験
急な体
モチベーションがなくても
まあいっか
ねこらむ 猫になれない
3章 ぜんぜんダメでパーフェクトなわたし
別れは少しずつ
猫の入院
人生のパラダイムシフト
傷つくこと
山元町でのこと
災害ユートピアから
夢も目標もない
わたしは球体
ねこらむ 「猫は死ぬべきではない」
おわりに