編集 / えじり・木村佳菜子・寺内玲・松岡大雅
発行 / HUMARIZINE
2025年8月24日 発行
A5変 / 176頁
「万博を解体する」とは
大阪・関西万博に対する違和感や距離感をベースに、国家イベントと個人の関係性を考え直し、自分たちの言葉で万博を「解体」=観察し、咀嚼し、再構成することを試みる自費出版プロジェクト。1990年代生まれの13人の編者・執筆者が集まり、建築やデザインを中心に、政治、社会運動、植民地主義、官僚制、ケア、エイブリズムなど、様々な角度から万博を批評します。
(公式サイトより)
このよくわからない国家イベントを、どうにかして自分たちに近づけて考えられないだろうか、と思いスタートしたのが『万博を解体する』です。私たちは、「万博」という国家イベントを自分たちで解きほぐしていき、そして編みなおそうとしています。きっとそれは賛成や反対といった意見を超えて、現代の社会を映し出すための議論の種になってくれると信じています。
——p2より
冒頭で私には立場らしい立場がないと述べたが、それはあくまで「立場システム」における話であり、状況から見出した“立場”なら実は目の前にある。それは本書の書き手としての立場だ。私は本書において「立場らしい立場のない万博素人」という“立場”を見出し、引き受けることにした。考えを言葉で表現できる者として、書く場所を与えられた者として、万博の観客席から見えるこの景色を議論の場に送り出さなければならないと思った。そしてそれはインディペンデントな出版だからこそ可能なことであった。俎上に載りづらく不可視化されていた“別の語り方”とは、「立場システム」の外からの語りだったのだ。
——立場をめぐる証言2025 / p100より
こうした社会では、複数の物語に耐える、あるいは共存する力が求められそうだ。先に紹介した特集のなかで東は、「これから求められるのは、アテンション(注意)を求めるのではなく、ディストラクト(注意散漫)を許すメディアだと思います」と述べている。あるいは佐藤は、あいまいな情報を受け取ったとき、あいまいなまま留め置き、その不確実性に耐える力=「ネガティブ・リテラシー」が求められると言う。
しかし、日常のレベルにおいて、すでに私たちはそうした複数の物語をうまく渡り歩いているようにも思われる。SNSや選挙と言った数のゲームを取り巻く状況はともかくとして、日常の生活がそうしたものに完全に飲み込まれているとも思わない。多くの人は理性と感情のどちらも大事にし、考え方の違うものどうしがやんわりと同じ空間で生きている。
——万博の幽霊の行方 / p140より
[目次]
巻頭インタビュー
上田 假奈代|私たちの日常から万博を考える
1990年代生まれによる論考
鯉沼 晴悠|象徴としての万博—建築家’70 行動委員会が見たもの
木原 天彦|体制への道—川添登と象徴天皇制
花摘 知祐|個性と全体、カタチとナカミ、その間で—3つの万博体験を通じて見えてくるもの
谷繁 玲央|建築家と政治的アパシー
井上 岳|修理日誌
寺内 玲+松岡 大雅|建築はこれでよかったのか?—万博へのいくつかの関わり方から考える
木村 佳菜子|立場をめぐる証言2025—万博の観客席から
依田 那美紀|罪悪感に立つ方法—万博、能登、「春一番」のあいだで
中村 睦美|われらの内なる円環から脱する
はんぺん|万博の幽霊の行方
福井 彩香|「いのち輝く」とはどういうことか?—健康とケアの現場から考える、社会へのまなざし
えじり|万博からエイブリズムを考える—テーマ、アクセシビリティ、テクノロジー、語法
万博ブックリスト①
万博ブックリスト②
万博解体日誌〈前編〉
万博解体日誌 〈後編〉
クラウドファンディング
スペシャルサンクス