発行 / 河出書房新社
2017年5月20日 初版発行
A6判 / 272頁
一度の過ちもせずに、君は人生を終えられると思う?——米文学賞「デイビッド・グディス賞」受賞作家にして『掏摸』等が世界中で翻訳されベストセラーとなった著者が放つ至極の作品集。
「一度の過ちもせずに、君は人生を終えられると思う?」
風俗嬢の後をつける男、罪の快楽、苦しみを交換する人々、妖怪の村に迷い込んだ男、決断を迫られる軍人、彼女の死を忘れ小説を書き上げた作家……
ベストセラー『掏摸(スリ)』など世界中で翻訳。米紙ウォール・ストリート・ジャーナル年間ベスト10小説に続き、米文学賞、デイビッド・グティス賞も受賞いま世界が注目する作家が放つ13の「生」の物語!!
(版元のサイトより)
という夢を見て、狭いベッドで目を覚ます。午後の2時。もうなんにもする気がない。
二度寝がしたい。二度寝って気持ちいい。もし今二度寝が出来るなら、重い荷物を持った老婆に、もっと重い荷物を持たせるくらいの悪事をしても構わない。それなのに、夢から弾かれたように眠れない。よーしじゃあエビのモノマネでもしようかな、とベッドの中で身体を折り曲げる。精神を集中する。十本の指をエビの足のようにわさわさ動かす。エビになっていく。僕の全てが。後ろに動いていく——、とベッドでゴソゴソしていたら体温が急に下がり、一時間ほど自分を見つめ直す。
——体育座り / p96より
私達にはもう退路がない。私達が戦争に勝てばこんな行為は揉み消せる。私達が戦争に負けても、これらの行為は敵側によって大げさに語られていき、やがて実態を失う。実態から外れていけばもうそれは真実ではない。いずれ私達の国の連中がその信憑性に意義を唱えるだろう。我が国に汚点などないと。証言記録など伝聞に過ぎぬ、写真など細工できると言いながら。我々のことなど何も理解していない、過去を直視することすらできぬ臆病者どもがそう叫び続けるだろう。彼らは我々の苦悩も体験も理解しようとせず、ただ取り憑かれたように奇麗ごとだけを並べ続けるだろう。敵も味方も真実よりその時代の都合で歴史を語る。
——A / p238より
「……批評と単なる趣味の表明を、勘違いしてるんですよ。好き嫌いと良い悪いは違う。僕は……」
小説を書いている時は喜びがあるけど、発表した後はほとんど苦痛しかないこと。作家になれたのはラッキーだったけど、そもそも作家になろうなどと思わないほど明るく健全な人間であったなら、もっと生きるのは楽だったんじゃないかと今さら思っていること。韓国の評論家から、あなたの小説に母性というものが出てこないのはなぜ? と鋭く質問され自分の人生について考え込んでしまったこと。本を読み、本を書くだけで二十代後半の全てをつかったこと。それでいいと思ってしまっていること。
——二年前のこと / p253より
[目次]
糸杉
嘔吐
三つの車両
セールス・マン
体操座り
妖怪の村
三つのボール
蛇
信者たち
晩餐は続く
A
B
二年前のこと
文庫解説にかえて——『A』について(中村文則)